KANGEKI-LOG

観劇とか感激とか思考の吐き出しとか

【観賞記録】「草間彌生 魂のおきどころ」

 思い立てば行ける距離にあるし、仕事で行き来もしたことがあるのに、今まで松本市民美術館の特集展示ーー草間彌生さんの作品をしっかりと見たことがなかった。行ってきましたの備忘録。2018年の同館の企画展公式instagramの写真を添えて。

 私の中にある草間さんの漠然としたイメージは「宇宙人」だった。写真で見るご本人の奇抜な髪色や服装、強い色使いや作品の独特の雰囲気から伝わるインパクトから、文字通り「別世界に暮らす(厭世的な)芸術家」だと思い込んでいた。でも作品をじっくり観たら、そのイメージはくるっと反転した。

 なんて、どこまでも、人間なんだろう。
 人間しか持ち得ない「理知的」な「激情」の塊が、そこにあった。

 私は美術に詳しいわけではないし、草間さんのこともキャプションや年譜に書かれていたことくらいしか知らないけれど、すべての作品に共通の「ルール/言語」があるなと感じた。「計算の上にある美しさ」ともまた違う、でもただ描いているわけでもない、「律の上にある美しさ/心地よさ」に満ちた空間だった。

 空間芸術作品(インスタレーションで良いのかな)で随所に「合わせ鏡」が使われているのが印象的だった。どこまでも続く空間。永続性と連続性、そこにいる自分、鏡の中の自分。シャンデリアの明滅、大きさの異なる白のドット。インスタには掲載されていないけれど、《天国への梯子》は梯子が合わせ鏡と組み合わされたことで、上にも下にも無限に続いていた。

 立体作品もあったけれど、絵画が一番印象的だった。特に《銀河》(という題名だったと思う…)という絵は、赤い小さな輪っかがぎっしりとカンバスに描かれていて、じっと見つめていると、呼吸や胎動のように動きだすのだ。私の幻覚かも知れないけれど、本当に生きているかのように、絵画が息をしていた。そのようにあの絵画で、世界が組み立てられていた。

 私は小さな穴や斑点などの集合体に対する恐怖症(トライフォビア)の気があるのだけれど、不思議と斑点(ドット)や細かな描き込みが頻出する草間作品に対してぞっとすることがなかったのも驚きだった。うまい表現が見つからないのだけれども「有機的」で「不完全」なのだと思う。つまりは人間って感じ。本当に。

有機的、といえばかぼちゃをモチーフにした作品には絵画と立体があって

 私は圧倒的に、絵画の方が好きだ。私個人の所感でしかないけれど、絵画で表現されたかぼちゃは、丸い模様を見る限り「平面の重なり」で、「立体物を絵に描いた」作品ではない気がして、でもかぼちゃで、それが面白いと思う。それが立体になると、正直ただの「絵画の立体物」で面白さが欠けてしまったなあと。他の人はどう感じるのかが気になる(今は室内で同じ空間で両作を鑑賞できる)。

 絵画の「愛はとこしえ」シリーズも好きだ。

 モノクロームの絵画(学芸員さんに尋ねたら元はフェルトペンで描いた絵画でそれをシルクスクリーンにしてる?とのこと)で、それぞれにぎっしりと人の横顔や瞳、唇、毛虫のような線で描かれた「波」が描かれている。鑑賞していて気づいたのはほとんどの人物が左向きで、左向きの人が画面を占めている絵画のタイトルには「女」の言葉がだいたい含まれている。そして「恋人」がタイトルに入る絵画には、右向きの人物も登場する。

 あの空間では、女は左を向くいきものなのだ。左、というと縦書き文化なら進行方向、横書き文化なら逆行方向で、進行は「未来」、逆行は「過去」とも取れるとも思うのだけれど、草間作品の「女」たちはどちらを見つめているのか、あるいは私の想定しない他の何かを見つめているのか、とても気になった。あと、横顔に描かれる瞳も基本的には人を正面から見つめた時の形で、キュビズム的(詳しくないけど)というか、顔は横を向いているけど瞳はこちら(鑑賞者)を見つめている、というのが興味深かった。

 《銀河》しかり、女の顔の向きしかり、草間さんの作品/世界にはルールが存在するのだと私は感じる。といっても、それは表現を縛るものではなく、言葉を伝えるための文法や、音楽を導くための譜線のようなもの。

 キャプションに綴られた草間さんの言葉には強い力があって、作品には明確にメッセージが込められている。でもそのメッセージは「言葉」ではなくて、だから、作品が生まれてくるのだろう。草間さんの芸術活動は「闘い」だ。常に生みの苦しみと孤独が伴っている。自分の内側に腕を突っ込んで蹴破って外に手を伸ばす、みたいな、そういう印象を受けた。

 草間さんの作品を観ていると、内と外の、魂と世界の、自分と他者のつながりについて考える。一見隔たったところにあるものが実は裏表とか隣り合わせだとかもしかすると同じものなのかも知れない…みたいなことを延々と考える。それこそ合わせ鏡みたいな思考に陥る。そしてそれがとても心地よい。

多の作品に一貫して流れ続ける草間彌生のメッセージ、「永遠」「無限」「愛」「生」「死」「宇宙」…。通底する草間の声、時には叫びが鑑賞者の心と深く絡み合い、離れないからなのかもしれません。《特集展示「草間彌生 魂のおきどころ」》

 芸術作品のテーマを言葉で括っちゃうなんて野暮だなあと時々思ってしまうのだけれど、草間作品は本当にこの文面の表す通りの作品だった。
 2018年の企画展、足を運べばよかったな…(就職1年目で全く余裕がなかった)。本展も会期中にまた見に行きたいです。

*memo*
松本市美術館特集展示「草間彌生 魂のおきどころ」
会期 2019年5月21日(火) 〜 2021年3月31日(水)
休館日 月曜日(祝日の場合は次の最初の平日)、年末年始(12月28日~1月2日) ※8/3、8/11、8/17、8/24、11/2、11/23は開館
新収蔵作品「愛はとこしえ」シリーズ全50点、《天国への梯子》、《大いなる巨大な南瓜》の公開に合わせ、草間彌生の初期作品から最新シリーズまでをご紹介する拡大特集展示を開催しています。