KANGEKI-LOG

観劇とか感激とか思考の吐き出しとか

【観賞記録】「草間彌生 魂のおきどころ」

 思い立てば行ける距離にあるし、仕事で行き来もしたことがあるのに、今まで松本市民美術館の特集展示ーー草間彌生さんの作品をしっかりと見たことがなかった。行ってきましたの備忘録。2018年の同館の企画展公式instagramの写真を添えて。

 私の中にある草間さんの漠然としたイメージは「宇宙人」だった。写真で見るご本人の奇抜な髪色や服装、強い色使いや作品の独特の雰囲気から伝わるインパクトから、文字通り「別世界に暮らす(厭世的な)芸術家」だと思い込んでいた。でも作品をじっくり観たら、そのイメージはくるっと反転した。

 なんて、どこまでも、人間なんだろう。
 人間しか持ち得ない「理知的」な「激情」の塊が、そこにあった。

 私は美術に詳しいわけではないし、草間さんのこともキャプションや年譜に書かれていたことくらいしか知らないけれど、すべての作品に共通の「ルール/言語」があるなと感じた。「計算の上にある美しさ」ともまた違う、でもただ描いているわけでもない、「律の上にある美しさ/心地よさ」に満ちた空間だった。

 空間芸術作品(インスタレーションで良いのかな)で随所に「合わせ鏡」が使われているのが印象的だった。どこまでも続く空間。永続性と連続性、そこにいる自分、鏡の中の自分。シャンデリアの明滅、大きさの異なる白のドット。インスタには掲載されていないけれど、《天国への梯子》は梯子が合わせ鏡と組み合わされたことで、上にも下にも無限に続いていた。

 立体作品もあったけれど、絵画が一番印象的だった。特に《銀河》(という題名だったと思う…)という絵は、赤い小さな輪っかがぎっしりとカンバスに描かれていて、じっと見つめていると、呼吸や胎動のように動きだすのだ。私の幻覚かも知れないけれど、本当に生きているかのように、絵画が息をしていた。そのようにあの絵画で、世界が組み立てられていた。

 私は小さな穴や斑点などの集合体に対する恐怖症(トライフォビア)の気があるのだけれど、不思議と斑点(ドット)や細かな描き込みが頻出する草間作品に対してぞっとすることがなかったのも驚きだった。うまい表現が見つからないのだけれども「有機的」で「不完全」なのだと思う。つまりは人間って感じ。本当に。

有機的、といえばかぼちゃをモチーフにした作品には絵画と立体があって

 私は圧倒的に、絵画の方が好きだ。私個人の所感でしかないけれど、絵画で表現されたかぼちゃは、丸い模様を見る限り「平面の重なり」で、「立体物を絵に描いた」作品ではない気がして、でもかぼちゃで、それが面白いと思う。それが立体になると、正直ただの「絵画の立体物」で面白さが欠けてしまったなあと。他の人はどう感じるのかが気になる(今は室内で同じ空間で両作を鑑賞できる)。

 絵画の「愛はとこしえ」シリーズも好きだ。

 モノクロームの絵画(学芸員さんに尋ねたら元はフェルトペンで描いた絵画でそれをシルクスクリーンにしてる?とのこと)で、それぞれにぎっしりと人の横顔や瞳、唇、毛虫のような線で描かれた「波」が描かれている。鑑賞していて気づいたのはほとんどの人物が左向きで、左向きの人が画面を占めている絵画のタイトルには「女」の言葉がだいたい含まれている。そして「恋人」がタイトルに入る絵画には、右向きの人物も登場する。

 あの空間では、女は左を向くいきものなのだ。左、というと縦書き文化なら進行方向、横書き文化なら逆行方向で、進行は「未来」、逆行は「過去」とも取れるとも思うのだけれど、草間作品の「女」たちはどちらを見つめているのか、あるいは私の想定しない他の何かを見つめているのか、とても気になった。あと、横顔に描かれる瞳も基本的には人を正面から見つめた時の形で、キュビズム的(詳しくないけど)というか、顔は横を向いているけど瞳はこちら(鑑賞者)を見つめている、というのが興味深かった。

 《銀河》しかり、女の顔の向きしかり、草間さんの作品/世界にはルールが存在するのだと私は感じる。といっても、それは表現を縛るものではなく、言葉を伝えるための文法や、音楽を導くための譜線のようなもの。

 キャプションに綴られた草間さんの言葉には強い力があって、作品には明確にメッセージが込められている。でもそのメッセージは「言葉」ではなくて、だから、作品が生まれてくるのだろう。草間さんの芸術活動は「闘い」だ。常に生みの苦しみと孤独が伴っている。自分の内側に腕を突っ込んで蹴破って外に手を伸ばす、みたいな、そういう印象を受けた。

 草間さんの作品を観ていると、内と外の、魂と世界の、自分と他者のつながりについて考える。一見隔たったところにあるものが実は裏表とか隣り合わせだとかもしかすると同じものなのかも知れない…みたいなことを延々と考える。それこそ合わせ鏡みたいな思考に陥る。そしてそれがとても心地よい。

多の作品に一貫して流れ続ける草間彌生のメッセージ、「永遠」「無限」「愛」「生」「死」「宇宙」…。通底する草間の声、時には叫びが鑑賞者の心と深く絡み合い、離れないからなのかもしれません。《特集展示「草間彌生 魂のおきどころ」》

 芸術作品のテーマを言葉で括っちゃうなんて野暮だなあと時々思ってしまうのだけれど、草間作品は本当にこの文面の表す通りの作品だった。
 2018年の企画展、足を運べばよかったな…(就職1年目で全く余裕がなかった)。本展も会期中にまた見に行きたいです。

*memo*
松本市美術館特集展示「草間彌生 魂のおきどころ」
会期 2019年5月21日(火) 〜 2021年3月31日(水)
休館日 月曜日(祝日の場合は次の最初の平日)、年末年始(12月28日~1月2日) ※8/3、8/11、8/17、8/24、11/2、11/23は開館
新収蔵作品「愛はとこしえ」シリーズ全50点、《天国への梯子》、《大いなる巨大な南瓜》の公開に合わせ、草間彌生の初期作品から最新シリーズまでをご紹介する拡大特集展示を開催しています。

【観劇記録】ネガポジポジ

演劇女子部さんの「ネガポジポジ」をU-NEXTで観ました!

演劇女子部「ネガポジポジ」 [DVD] www.amazon.co.jp 8,148円 (2020年08月26日 16:37時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する

アヤシゲなタイトル、やたらカラフル(で今風のセンスでも衣装でもない)服を着たキャストさんたちのサムネイル、配信されてるのに感想もあまり見かけない。どうやら調べたらハロプロ研修生さんが出てる舞台だそう。知名度やクオリティが低いのか?いやいやいや劇女作品だぞそんなはずない、ええいままよ!と見始めたら……めっっっっっっちゃ面白かった!

キャストを変えた3パターン上演(A・B・C)の作品で、1日1本ずつ見ました。動画再生時間330分になってるけど、1本はその3分の1だからブラウザバックしないでお願い。

クセの強めの脚本(+説明が少ない)と時代設定(バブル時代から世紀末近く)ですが、1本目(A)で大きくつまづかなければ、絶対に3本とも観て欲しい。なぜなら、筋書きも台詞も大きな変更はないのに、主役2人の関係&印象が公演3パターンで全く違うから!

主人公は、東京の片隅でせんべい屋を営む「万田(まんでん)家」4人姉妹の次女で、自分に自信がない「りさ」と、りさの同級生でお金持ち&おしゃれな「由美」。互いが相手に向けるのは、嫉妬か羨望か憧憬か憐憫かエトセトラエトセトラ×∞……この辺、公演パターンと観客の受け取り方で十人十色の答えがあると思うので、私はここでは断言しません(最下部では好き勝手語る)。観て確かめて

なお私は、最初にA公演を見終わった後「はわ…少女と少女の執着と衝突、成長のコイ(濃い/乞い/恋)物語じゃん…」と放心してしまった。Aが合わなくても、BかCにあなたの求めるものがきっとあると思います。私は全部好き!

あとこの舞台の魅力といえば…アンサンブル
黒くておしゃれな服を身にまとったアンサンブル(黒子)たちが、愛らしい動きで舞台装置を動かしたり、キャストさんと絡んだり、いたずらを仕掛けたり…とずっとにぎやかに舞台を(黒だけど)彩ります。電話が鳴ってキャストさんが取ろうとすると、黒子ちゃんが電話機持って逃げたりとか。可愛すぎる。
舞台のセットはシンプルなのですが、私はかなり好き。こたつや机や冷蔵庫をキャストさんが異動させたり、シャワーヘッドやのぼりといった小道具も面白い。

「まんでん屋」の、りさ以外の姉妹も良いですよ!

バブリーな雰囲気と高いテンションを併せ持つ長女のみちを演じるのは、劇女のプレイングマネージャー須藤茉麻さん!(元ハロプロアイドルなのをやっと最近知った)。3パターンある公演全てに出演する体力気力、そしてそれぞれの舞台にぴったりハマる演技、本当にすごい。し、みちの存在によってあの時代の再現性が増してる…と思ったらバブル崩壊後に生まれた同い年の方だった。役者さんってやっぱりすごい!

三女のまい、四女のるみもキャストさんによって結構雰囲気が変わってます。大まかには、まいはマイペースな中間子、るみはしっかりものの末っ子、という雰囲気かな。

母親・和子役の梨木智香さんも全公演に出演。女手一つで4姉妹を育てる、ひょうひょうとしていながら芯のある母親という印象でした(るみの友人である川上君とのやりとりが好き)。

ここまでざーっと書き連ねましたが、当時の時事ネタが結構散りばめられているのも楽しかったです。「?」ってなった部分には大抵元ネタがある感じ。こちらのブログが細かく解説してくれているのでおすすめです(1公演以上観た後が良いと思う)。

「ネガポジポジ」の設定と元ネタをゆとり世代がまとめてみた - 愛を確認しちゃう みなさん、「ネガポジポジ」観ましたか? ネガポジポジ、最高でしたね。 観られなかった方は、ぜひDVDで。公演は3パターンあ pep-rep.hatenablog.com

物語は、年月を空けた3回の「大晦日」が舞台になっています。最初の大晦日、舞台の幕開けは昭和63年。父が出張中という由美がまんでん家に泊まりにきたところから。独特な空気感の時代と「彼女たちのいびつな成長や衰退を、「家族」のいる場所から綴っていくヘンテコオペレッタ(公式より)」、是非堪能してください!

*memo*
《チームA》
キャスト:山岸理子加賀楓、堀江葵月、金津美月、清野桃々姫
アンサンブル:小野瑞歩、高瀬くるみ、前田こころ、川村文乃横山玲奈吉田真理恵、西田汐里
《チームB》
キャスト:高瀬くるみ、小野瑞歩、前田こころ、吉田真理恵、小野田暖優(演劇女子部)
アンサンブル:小片リサ浅倉樹々一岡伶奈、小野琴己、川村文乃横山玲奈、西田汐里
《チームC》
キャスト:小片リサ浅倉樹々一岡伶奈、小野琴己、西田汐里
アンサンブル:山岸理子加賀楓、堀江葵月、清野桃々姫、川村文乃横山玲奈吉田真理恵

脚本・演出 江本純子/音楽 遠藤浩二
振付 中林舞/舞台監督 小野八着
美術 田中敏恵/照明 関口裕二
音響 百合山真人/歌唱指導 詩菜
演出助手 松倉良子/衣装 高木阿友子
ヘアメイク 吉野事務所/宣伝美術 twominutewarning
イラスト 早川世詩男/写真 大霧円
プロデューサー 丹羽多聞アンドリウ
主催・企画・制作 BS-TBS、オデッセー


以下初見ネタバレメモ(複数回見かえしたら印象も変わるかもなと思いつつ。
・冒頭、さりげなく歌の歌詞がプレコールというかまんでん家4姉妹の名前連呼で初見で気付いて笑ってしまった。最初なんの英語だよと思って一生懸命聞き取ろうとしてたよ。笑 みちりさまいるみ~。
・川上君はどのチームも可愛い。
・ソバの注文を忘れた由美を糾弾するときにシューベルト「魔王」が流れるのあまりにツボにハマりすぎて、どのパートも5回ずつくらい再生した。ぼそぼそみんなが喋ってるところも最高過ぎる。
・由美はおそらくは父親の命令で、地上げのためにまんでん家を燃やそうとしたんだよね。ソバの注文をしなかったのもイタリアンも全部計画的。
 バツが付けられた町内の地図
 地上げで引っ越した川上くん
 和子ママに再婚をちらつかせる由美父
 不自然な一斗缶の油(由美は天ぷらが作れない)
 とか、結構色々ヒントはあったな。
・演目でチームごとに大きく差異が見えたのは、1回目の大晦日の暗転して由美が1人現れるシーンと、2回目の大晦日の風呂上がりの由美とりさのやりとり(小道具の使い方)と、3回目の大晦日の追いかけっこ。
・うろ覚えだけど、「宇宙から見た国境の無い地球」と「こたつの下から見上げた蜘蛛の巣だらけの天井」は対応していて、「地球」「こたつ」は帰る場所(家)の象徴で、こたつから見上げた天井は宇宙と同等に美しかった、みたいなイメージなのかなっていうか、そういうイメージがわいた(とくにC)。

《Aチーム》
一番殴られたというか主役2人があまりにつよい。一番ネガポジ(反転)感があったのもAかなあ。強い「嫌い」は強い「好き」にもなってしまう。
加賀さんのりさは良い意味で垢抜けてない雰囲気がでていて、まさにコンプレックスの塊って感じ。あと外面と内面のオンオフの切り替えが、仕草とか声の感じとかで一番感じられたかも(全体的にめちゃくちゃ声が大きかったけど!笑 そこがいい!)。これも良い�� �味でなんですけど、一番頭が悪そうに…もとい、卑屈なくせにどこまでも愚直な感じが出ているので、なんかもうねー、とても愛おしくなってしまう。由美のことは明確に「嫌い」なんだけど、居なくなって心配して、気になって気にしてて、きっとずーっと考えてて、だからこそくるっと鮮やかに反転しちゃうんだよな…。終盤の「好き-!」があまりにずるい。
山岸さんの由美は、自覚なく周りを振り回している小悪魔。高飛車と言うよりもナチュラルに他人を見下しているというか、そこに自分の判断がない(当然という)雰囲気。でも決して馬鹿では亡くて、暗闇に現れたときの雰囲気は蒼白で、虚空を見つめてる感じは、なんだろうな、静かに絶望していた気がした。姿を消した後もずっと罪悪感を抱えていた子のような気がします。中盤のソロ歌唱は艶っぽさと湿っぽさがある。
りさの愚直さが、由美のかたくなに閉じていた部分を開いて内側を晒させたようなイメージ。Aの最後、りさの頬を両手で包んで見下ろす由美の美しいことよ。そこからの額あわせの「ごめんね」さ…あのさあ…あのよお…よかったねえ…。「本当のことしか言わない」の歌唱ふたりともぐずっぐずで私もぐずぐずになった。
清野さんのるみが可愛かったなー!幼げなのに歌唱も堂々としていて、ちょっとおしゃまな感じが若草物語のエイミーみたいで。川上くんとの関係もちょっと甘酸っぱい。「男ってめんどくさ!」が好き。

《Bチーム》
Aとの差にびっくりした。特にラスト。
高瀬さんのリサは勝ち気。由美そのものというよりも彼女の立場(おしゃれができる財力)とかを羨んではいるけど、自分が負けてるとは思ってなさそうな印象。由美役小野さんとの身長差もあって、幼げにも見える。由美に対しての感覚は「ライバル」に近い印象だし、由美に由美らしくお嬢様で居て欲しかったのもこのりさなんじゃないかなあ、なんて。
小野さんの由美は(これも良い意味で)一番得体が知れない感じがした。無邪気な怪物…というと極端かも知れないけど、善悪の区別があまりないイメージというか。私は一番りさの家を明確に「燃やすか」となっていたのはBじゃないかなあと思ったりしている。放火するかしないかのシーンの時、Bはめちゃくちゃ周りを気にしていて、そこに決行の意志を感じてしまう。でもそこに別に「悪いこと」の意識はなくて「おっとうに言われたから」くらいのテンション、みたいな。だからりさともラストであそこまで無邪気に、さわやかに和解できるんじゃないかなあと。
最後の追いかけっこは、由美が追いかける側に回ったり、フェイクくをかけたりと変則的。印象的だったのは由美のかっぽう着(エプロンだっけ?)とかをりさがはいで投げ捨てていくところ。剥いていったのは自分の心か、相手の心か。そして余分なものを取り払って、この2人はからっと笑うのだ。

《Cチーム》
AとBを経てこの劇の見方がわかって臨んだC。
小片さんのリサは、由美との関係性によって一番成長したというか、「姉」っぽくなったなあと思いました。包容力がでたというか。終盤で興奮しすぎて細部の印象が飛んじゃっている…見かえしたい。
浅倉さんの由美は、素直になれない、寂しがり屋のうさぎのイメージ。Cを観ていてすごく感じたのは、由美の「母の不在/父以外の家族の不在」だったんですよね。Cにきてようやく(あ、由美も片親なんだな)と実感できたというか。個人的には明確に「まんでん家」に憧れていたように感じました。
天ぷら鍋を前にした暗転のシーンでは、やりたくないと拒否するように伏せて目を閉じる。ライターちかちかする数も一番少なかった気がする。とにかく、一番「したくない」を感じた。
そして私、中盤に閃くように「あ、この2人はきっと終盤の追いかけっこの末、正面から抱き合う。りさが由美を受け止める」って思ったんです。そしたら追いかけっこでまず、りさが先回りをするんですよ。逃げる由美の正面に回ろうとするの。そして最後にはりさが由美の手を引いて、りさの胸に由美が飛び込む。想像が現実になってて1人で奇声あげてしまった。これは私の妄想力がたくましいわけではなくて、舞台に、キャストさんの演技に、そう導かれたんですよ…。鳥肌立った。
これはAとBでその部分の演出が大きく異なっていたからこそ、「Cはどうなるんだろう」とCの由美りさの関係と行き着く先に想像を巡らせられたわけで。びっくりした…。ABであった、由美からりさへの「りさちゃんの方が私のこと好きでしょ」というカマかけが(でき)ないのも、「どのくらい好き?」って聞いて「お母さんくらい」って返されて「なんでお母くらいなのよ!」って怒っちゃうのも、あまりに「Cの由美じゃん…」と思いました。
あと小野(琴)さんのまいが個人的にめちゃくちゃツボでした。すさまじく棒に見える演技なのに、ハマりすぎているし、独特の間合 いとお声が好きすぎる。

今日でU-NEXTの無料トライアル期間が終わってしまうので円盤買おうか超絶迷っている。買うか…!!

【観劇記録】サンクユーベリーベリー

演劇女子部さんの「サンクユーベリーベリー(2015ver)」をU-NEXTで観ました!(劇女作品観劇、もう何作目か数えるのはやめました)
可愛らしい衣装に惹かれ「一体どんな演目なのだろう」…と前情報なしに観たら、全国女子高校合唱コンクールを舞台にした青春&成長ものでした、ワオ!予想外!
脚本は偶然にも、今作の前に観た「トライアングル」と同じ塩田泰造さん。間合いや展開の独特さは「ごがくゆう」に近しいものを感じたかな。テーマのストレートさは「トライアングル」に通じる気も。個人的には中盤辺りまで没入しづらかったのですが、観劇後はすごく清々しい気持ちになりました。良かったです!

あらすじ
全国女子高校合唱コンクール「あの子が歌うのを見たんだ!(通称アノコウタ)」での連覇を狙う弁天女子学院と、頭は悪いが勢いとハートの熱さでは負けない初出場・丸富高校。教師におだてられてチームを結成し「歌詞の意味なんて考えたことない!」スタンスの丸富3人と、厳しい指導や部長の転校で内部崩壊している弁天のメンバー。そして奇しくも二つの高校と縁を持つ苦学生の貧乏少女。それぞれの関わりの中で一人一人が「歌」と共に変化していく青春&成長ストーリー。

可憐な衣装に反して、筋書きはめちゃくちゃベタ&ストレート(でもそこがいい)。

軸として成長が描かれる主人公は、弁天のエースでゴーイングマイウェイな少女・長雲学子(演・浅倉樹々)。役の幼い雰囲気(お嬢様で自分が世界の中心にいる、でも憎めない感じ)に、演者の浅倉さんがマッチしていたなあと思います。それでいて表情豊か。
大好きな親友(部長)が転校を、大好きな兄がとある秘密を自分に黙っていたことに「どうして言ってくれないの!」と疎外感を覚える年相応な感じが大変に愛らしい。その中で、特に、悩んだり悲しんだりするときのお顔が印象的だったな。耳よりも目が惹かれる感じでした。

彼女を支える葉子(演・岸本ゆめの)は、合唱部応援団として「オッス」な感じで現れるしお顔立ちもハッキリした「カッコイイ」雰囲気なのですが、男勝りというわけではなく、とても懐の広く、少し大人びていて友達思いの少女。なんとなく、長雲にとって部長で親友の水島果菜(演・石井杏奈)の存在の方が葉子より大きく感じられるだけに、葉子の献身がより健気に見える…。

個人的には丸富の「生徒がた」が好きです。フリフリ着てるのにお上品じゃないところも含めて好きだし、顧問の先生(赤ジャージにリーゼント!笑)との関係性も良い。前に出る役ではないのですが、安彦玲(演・新沼希空)の目力が印象的だったな。丸富組の溜まり場(おでんカフェ!笑)でバイトする貧乏少女・小西眞佳(演・山岸理子)はぽわーっとした雰囲気に透明感がある。「恩を〇で返しちゃいます!」の台詞が好きです。

あ、あと大人組がいることでさらに舞台に深みがでているなと感じました(特にラストは、大人組が後ろにいるからこそぐっとくるものがある)。「怪獣のバラード」や「あの素晴らしい愛をもう一度」など、合唱でおなじみの曲も久しぶりに聞いてエモを味わいました。

ミュージカルとライブの違いって、ミュージカルの「歌」には舞台の上の「役」の想い/変化が絡んでくるところだなあというのを再確認した舞台でもありました。最初と最後では、役にとっても観客にとっても「歌」の持つ意味が変わってくるし、その変化を愛しいと思える舞台だった!

劇女作品を観る中でモー娘。アンジュルムのキャストさんはだいぶ覚えてきたのですが、つばきファクトリーさんは実質初見。これからまた舞台で出会う機会もあるかな。お名前とお顔を覚えていきたいです。

あ、あとキャストさんの御髪がみなさんめちゃくちゃきれいでした…さらさら…。

(ネタバレメモは後日追記したい。取り急ぎ観劇後の印象をざくざく書きました!)

*memo*
長雲学子:浅倉樹々/服部葉子:岸本ゆめの
前嶋今日花:谷本安美/安彦玲: 新沼希空
小西眞佳:山岸理子/夏川未知男:小片リサ
水島果菜:石井杏奈/榎本かおり:小野田暖優
脚本:塩田泰造(大人の麦茶)
演出:須藤茉麻
プロデューサー:丹羽多聞アンドリウ(BS-TBS)
主催・企画・制作:BS-TBS / オデッセー

以下初見ネタバレメモ
・過去のレポをチラチラみたのですが、ゲキハロ時代はミュージカルじゃなくて、衣装も普通の制服寄りだったのね!初演も気になる。
・岸野さん最初に特攻服というかタンクトップ?チューブトップ?みたいな服装になられて勝手にドキドキしてしまったしスタイル良すぎて「ひえええ」ってなってしまった。
小片リサさんの男役、かなり自然だったし、マナカとの関係も(たくさん描かれているわけではないけど)好みだったなあ。そしてトライアングルにも出演されていたことに観劇後に気づく。丸富組がマナカの背中押してあげるの本当に尊い…。そういえば優勝は二校で山分けになったのかな。みんなで修学旅行してくれ…。
・劇女の舞台、末満脚本は役者の背を押して押し上げるイメージだけど、塩田脚本は役者の先を走って早く追いついてこい、と檄をいれるような、どちらも役者たちの可能性を信じている感じが好きだなあと思う。観劇後の興奮は、前者は即効性、後者は遅効性って感じ。

【観劇記録】TRIANGLE-トライアングル-

 ハロプロ(演劇女子部)を推す先輩方からのアツいオススメに天啓を受け、円盤お迎えしました「TRIANGLE(2015)」。パッケージではどんな物語が全く想像が付いていなかったのですが、ざっくりくくると「SFファンタジー」ものです。

演劇女子部ミュージカル「TRIANGLE-トライアングル-」 [DVD]www.amazon.co.jp 6,844円(2020年08月15日 21:18時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する
あらすじ
舞台は争いのない惑星アルファ。女王陛下の「天のお告げ」に従ってサクラ姫の婚約の議が執り行われる。サクラ、幼なじみのオメガ人アサダ、戦いの星ヴィータから移住したキリの複雑な想いを描く物語。

 サクラの視点の物語『α』、アサダの視点の『β』を立て続けに鑑賞。私は『α』を観た後「え、この結末なの!?」と少々びっくりしていたのですが、それが『β』で解き明かされ「なるほどなあ…」となりました(ネタバレ避けると具体的に何も言えない!笑)

 開幕した瞬間思ったのは「舞台が可愛い!」。パステルカラーにキラキラ点滅するお星様。例えるならディズニーシーのマーメイドラグーンのよう(ヒトデの髪飾りとか、海藻っぽい舞台装飾もある)。
 なにより、この世界(星?)には「スワスワ」という発光して電気(エネル)を作るクラゲのようないきものがいるのですが、この「スワスワ」をキャストさんが白くてふわふわした衣装を着て演じていて、大変に可愛い!「スワ〜」って鳴く(話す)のもキュート。癒し。

 物語は、展開の起伏は激しくなく、2パターンの公演を通じ、てサクラの婚約をめぐる、3人+サクラの侍女・ローズウッドの4人の関係の変化と選択が描かれています。原案となった短編(視聴後に拝読)とはまた少し異なる趣で、そこもまた良い(し脚本の意図を考えるのが楽しい)。

 主役のサクラは、天真爛漫で純粋。大切に育てられてきた箱入り娘(お金のこともよくわかってなさそう)。でも周りの人を振り回すような強引さはなく、優しい雰囲気。思っていることと言葉にすることが一致している、裏表のない少女。
 演じる石田さんは、本作以前の公演「LILIUM」や「ごがくゆう」では闊達で気の強そうな少女を、本作後の「続・11人いる」では爽やかな好青年を演じていたのですが…さらなる可能性を見てしまった。とてもとても可愛い。ポニーテールが無限に似合うし笑った時の細まったお目目にきゅんとしてしまう。

 そんなサクラをめぐる2人の男性。工藤さん演じるアサダと、鞘師さん演じるキリ。
 アサダはフワフワ使い(羊飼いみたいな感じ)の平民で、サクラと親しい朴訥な青年。スワスワのお世話してる時が大変にかっこかわいくてきゅんとする。キリは怜悧な空気を纏う戦士で、手が触れた相手の心を読む力を持っている。αで殺陣の見せ場があるのですがめちゃくちゃかっこよかった。

 はてさて「天のお告げ」が指し示す婚約者……サクラと将来結婚するのはどちらだー!?というのが話の軸です。

 「天のお告げ」を示すのはサクラの母で「女王」のイオタ(演・譜久村聖さん。似合う。歌も良い)。須藤茉麻さんのゼータ国王(この場合「王配」なのかな)もこの作品で描かれる「選択」に置ける重要なポジションを陰ながら担っていて、味があった。
 あと、先述した侍女のローズウッド(小田さくらさん)の演技が控えめながらも随所で凄まじく光ってます。前年のリリウムが初舞台だったんですよね…小田さん…この1年に何が…というレベルでさらに磨きがかかってたなあ。

 音楽とダンスは今まで見てきたミュージカル作品と比べると初見ではそこまで耳に残ったりインパクトがあったり…って感じではありませんでしたが、じわじわ好きになりそうです。

 あ、あと衣装がね〜!!やはりそこはかとなくマーメイドチックでもあり、アラビアンな民族風味もあり、メルヘン異国籍な感じがすごく可愛らしかったです(だけにキリ中尉の衣装は黒+赤の直線的デザインで良い意味で浮いていたな)。

 劇的な衝撃のある物語ではないけれど、2パターンを重ね合わせながら一つ一つ答え合わせをしたり、言葉や心、彼女たちの選択に想いを馳せる時間に穏やかな充足感を覚える、そんな作品だと思います。(ネタバレは最下部に)

*memo*(公式サイト
イオタ:譜久村聖/キリ:鞘師里保
サクラ:石田亜佑美/ダイス:佐藤優樹
アサダ:工藤遥/ローズウッド:小田さくら
ジョンベル/ スワスワのクロエ:尾形春水
クラルス/スワスワのルーン:野中美希
スワスワのリンディ:牧野真莉愛
リベット/スワスワのホップ:羽賀朱音生物
ゼータ:須藤茉麻
ブナ/スワスワのシェール:石井杏奈
オバンコール/スワスワのナビィ:小野田暖優
チーク卿/スワスワのフィラ:小片リサ
ピンプ/スワスワのカイト:高瀬くるみ
原案:くらもちふさこ [α] -アルファ-(集英社 刊)
脚本:塩田泰造(大人の麦茶)
演出:吉田健(TBSテレビ)
音楽:市川淳
振付:YOSHIKO
プロデューサー:丹羽多聞アンドリウ(BS-TBS)
主催・企画・制作:BS-TBS / オデッセー


以下、いつも通りつらつら語る初見ネタバレメモ
・アサダとくっつくと思ってた!笑 アサダが隠れヴィータ人なのは割と初期からわかっていた(からこそ「実は婚約者はアサダでしたー!」パターンかとおもっていた)、αの結末は結構びっくりした。原案の漫画読んでみたら、漫画はそのパターンだったからさらに驚き。
・でもアルファの時点でキリ→サクラへの想いは描かれているし、サクラの決断や、αではっきりしなかったアサダとローズウッド周りもβで綺麗に解明された感じ。最終的にはすとんと納得したというか、やっぱり決め手は、最後にサクラがアサダに(不正確な記憶だけど)キリから贈られた言葉を用いて「心を読むよりも早く気持ちを伝える方法がある」って言ったところかな。キリに言われた場面はサクラにとっては余り良い思い出ではないのかも知れないけれど、あの言葉をきっかけにサクラは「心」や「心を読まれること」について考えて変化していったんじゃないかなと感じるので。
・サクラ姫は「心を読まれること」を恐れている。婚約(相手はわからないが)決まったらなおのこと、特に読まれたくないのは「アサダへの恋心」…だとは思うんだけど、実際のところサクラには裏表がないんですよね。そこに、心を読んでしまうキリもアサダも安心感を覚えて惹かれていくわけで。女王も国王も、サクラがアサダを好いていたのには気づいていた気もする(王様は何回か聞いてたし)。
・この辺まだ明確に考えられてないのですが、サクラにとって内側であふれだす「心」と、意志を持って外側に出す「言葉」は同じ内容でもまったく違う、だから読まれたくないのでは、という気持ちが私の中にある。この辺に「争いを知らない」ことが絡んできそうな(脳内で)気がするんだけど、まだまとまらない。
・「触れれば ココロが、あふれだす」がこの作品のキャッチコピー。作品を通して、手を繋ぐ(触れる)ことの違いや変化が面白い。キリ・アサダにとってはそのまま「心を読む(� ��ふれだすココロに触れる)」行為でもあり、前半のサクラにとっては「心を近づける(好き/恋心を増大させる)」行為である。そして、後半のサクラにとっては、心を読むキリ・アサダの「手を取る」ことは、自らの意志で「心を差し出す」こと。ラストに手を取り合ったサクラの心の内をキリだけが知ってるの、ニクいなあ。
・構図的にはサクラはまるでローズウッドにアサダを譲ったようにも見えるけど、「心を読みましたか?」の時点でもうしっかり、キリを選ぶことを決めてるんだよね。でもちゃんと言葉にして伝えるんだよ、サクラは(この辺先述のことに繋がりそう)。彼女のまっすぐさが好きです。
・ローズウッド。アサダがヴィータの力を持っていなければきっとアサダへの思いも婚約の経緯も全て、きっと1人で墓場まで持っていった子だと思うのね。そして彼女もまた、読まれて困る心などないほどに裏表のない「もう1人のサクラ」のような存在だった。アサダはその安心感安定感にほだされた部分もあるのかなあ、へたれー!とも思ってしまうのだけれど、あれだけ陰ながら献身されてたらやっぱり、情は湧いてしまうよね。
・キリ様あまりに健気でびっくりしちゃった…。といいつつ、手に入れるためならなんでもするも一つの本音だったような気もする(でもそれを徹底できないのが人間臭くて良い)。邂逅のあとは、一度もサクラの心を読もうとはしなかったのがまたな…(でもサクラの気持ちが全部お見通しなのもまた。五感を使ってじっとみてきたんだね)。あ、サクラ姫とのダンスがキレッキレでよかったな。最初1人で踊り始めて何事かと思ったら触れないためだったのさあ…そういうところ…。練習の成果はぜひ結婚式で披露してください。
・触れれば心が溢れ出す」けれども、彼らの決断が溢れ出した心を超えた(あるいは別の)ところにあるのがなんともこう、切なくもありどこまでも「人間」を人間たらしめるものでもあるなと思う。というか読める心は所詮表層で、もっと深いところから拾 い上げた言葉にもなっていないものをつなぎあわせて、それぞれが自分が取る手を決めたのだろうな。
(また多分追記します)

【観劇記録】SMILE FANTASY

アイドルがアイドルを演じる2時間の「演劇」があまりに愛と夢と希望でアイカツでディズニーだった

疲れてるあなた、元気がでないあなた、泣きたいのに泣けないあなた。2時間だけ空いてたりしません?スマホだけ用意して(パソコンでも良いけれど)。

□ミュージカル/歌が好き
□アイドルが好き
アイカツやプリパラが好き
□ディズニー/パークのショーが好き

一つでも当てはまったら観て欲しい。それがこの、ジュークボックスミュージカル『SMILE FANTASY』。なんとU-NEXTで配信していて、今登録すると1カ月のトライアル期間中に無料で観られちゃう。何も考えずとりあえずクリックして浴びてほしい。

なお仕事がうまくいかず心身がどん底だったときに偶然浴びた経験者(私)はこう言ってる。

「愛と夢と希望のエレクトリカルパレード(28歳・会社員)

「泣けて笑えるぜんぶがやさしさでできたおクスリ」(20代・女性)

アイカツ無印全178話を一気に摂取した並の多幸感」(アラサー・人間)

この「演劇(舞台)」に出演する役者は、アイドルとして活動する6人の少女。彼女たちに与えられた役は、自分の分身とも言える「アイドルの少女」。6人は、ライブの打ち上げでお泊まり会をして、ピンクのふわふわのパジャマを着てパーティーして、恋を夢見て、いっぱい歌って踊って笑う。底抜けに明るくて楽しい、そしてちょっぴり切ないミュージカルだ。もうここから下は読まなくて良い。上のリンクから浴びて。
歌が素敵、ダンスも素敵、存在すべてがかわいい(ときどき格好良くて、艶っぽい)。最高だ!観てきて!

※動画は公式が公開している千秋楽のメイキング映像

スマイレージDVD/演劇女子部 S/mileage's JUKEBOX MUSICAL 『SMILE FANTASY』www.amazon.co.jp 5,000円(2020年08月11日 12:33時点 詳しくはこちら) Amazon.co.jpで購入する

以下、いつも通りの観劇note

…頑張ってオススメ記事を書きたいと思ったのですが無理そうなのでもういつも通り感じたことつらつらつづります。

あらすじ
もうひとりの自分と出会う冒険。
アヤカ、カノン、カナ、アカリ、リナ、メイミの6人の少女たち。
アイドルとして人生を送る彼女たちは、ある日、不思議な世界へと足を踏み入れる。そこは、もしも彼女たちがアイドルになっていなかったら生きたであろう「もうひとつの人生」。
彼女たちは if世界 で、自分ではない自分の人生を生きることとなる。
作品を彩るはスマイレージの数々の楽曲とこの作品のために書き下ろされる新曲!武道館公演を迎え、さらにそのNEXTへと向かう等身大のスマイレージが挑む、ポップ&キュートなジュークボックス・ミュージカル!!

劇女さんの舞台はこれで8本目かな(感想書くの追いついてないんです…笑)。でも相変わらず私は舞台上の彼女たちしかほぼ知らないままで。今回も「スマイレージは確か、アンジュルムの前の名前」くらいの認識でした。

で、「スマイルファンジー」は正直(ジュークボックスミュージカル…?歌が中心で筋書きはおまけくらいかなあ)の気持ちでいたので、観るのを後に回してたんですね。
それが、あんまりに仕事で疲れた日、帰宅して午後11時にU-NEXT開いたら(劇女摂取しなきゃみたいな気持ちになってた)、改めて、砂糖菓子みたいな可愛いピンク色の衣装を着た女の子たちのサムネイルが目に飛び込んできて。

開いたら、パジャマパーティーだし、やわらかくて、可愛くて、キラキラしてて「うわあ、アイドル!アイドルだぁ!」ってなって、オープニングにはディズニーのショーが始まるみたいなワクワク感があって「あーーーーーー」って目が冴えた。

そしてメイミを慰めるとこの楽曲「がんばらなくてもええねんで!!」で涙がぼろっぼろ出てきた。なお楽曲一つも知らないので、途中まで頭回ってなくて全部このミュージカルのための曲だと思ってた。そう感じるくらいに挿入の仕方が自然でした。
リリウムやステイシーズを手掛けた末満さんの脚本と聞いて(いったいどうなるんや…地獄展開なの…?まさか…?)と思っていたことをお詫び申し上げたい。

インタビュー内に

原作モノを書くときは、原作をまず第一に順守します。(中略)原作モノをやるんだったら、基本的に原作や原作者のマインドを一番に大事にしたい。そうすることで、オリジナル作品では至ることのない考え方や学びも得られますし、そこに意義を感じているからこそ原作モノをやっています。

とあるのですが、まさにその通りで、このミュージカルは「スマイレージ」というグループを「原作」に、彼女たちのために描き下ろされた脚本なんだなと言うのが(グループのことを詳しく知らなくても)随所でひしひしと伝わってきて、すごく幸せな気持ちになりました。

本作で彼女たちが演じるのは自分であって自分でない「もう1人の自分」。台詞も楽曲も全て、脚本/物語=フィクションの上にある。だからこそ言葉にできることも、あるいは(もしかするとやむを得ず)言葉にしなきゃいけないこともあったのかもしれない。虚飾、素顔、芝居、本音、どれがどれだか観客にはわからない。でも舞台上の彼女たちは全部全部全力なんですよね。それがわかる。だから信じたくなる…と言うか、もう嘘だろうが虚飾だろうが芝居だろうが、目の前にある舞台と彼女たちが発する台詞に、自分の心が温まって幸せになるのは全部「真実」なんですよね。素晴らしい夢を観させてもらってる。すごい、めちゃくちゃアイドルじゃん!ありがとう!だいすき!アイドルのあなたたちがだいすき!て思う。
しその構造を浮き彫りにした上でチャンプルーにしてくるこの脚本の構造、すごくないですか…?びっくりする…。

キャストさんのはなし!

先述の通り、私はまだキャストさんたちのアイドルとしての姿をほぼ知らないに等しいので、ここでは全部「役」の彼女たちについて語りますね。
キャストさんのお顔と名前は少しずつ覚え始めて来たのですが、和田さんがスノウ(リリウム)、中西さんがキャメリア(同)と同じ方なのにも途中まで確信が持てなかったくらいなので…8本観てもいまだそんな感じです(これは私の記憶力の問題もありますが、劇女のキャストさんの力だとも思うのです。すごい)。

リーダーの「アヤカ」は透明感があって、どこか不思議な雰囲気もまとっているのに、しっかりとみんなの中心にいる。「あまのじゃく」で「君のことなど興味ない」って歌う表情と歌声、静かなのに迫力というか気持ちの強さみたいなものが感じられてどきっとした。
「カノン」はツンと斜に構えていて、舞台上でもみんなから一歩距離を置いて立ってたりするし、厳しいツッコみもするけれど、「アイドル」であることに誰よりも貪欲である気がする(キャラ作りまでするタイプというか)、それでいて誰よりも情が厚くてメンバーが大好きでしょ…。
「カナ」は「こんな子だったんだ!」とびっくり。喋ってるときはどちらかというと「スマイレージ」の空気に馴染んでいる感じなのに、歌になるとめちゃくちゃ力強くて輪郭がはっきりする。あのお声で「ヤッタルチャンになるんやで」って言われたら「なりまーす!」ってなる。
「アカリ」はお名前の通り明るくて元気いっぱいで、きっとライブやトークでもずっとこういう「素顔」を出してる子なんだろうな-!ってなる。お声と表情の七変化がめっちゃ可愛い。身長が高いわけでもないのにダンスの一挙一動がすごく目を引くのが印象的だったなあ。
「リナ」はパジャマパーティーで先に寝ちゃおうとするマイペースさと愛くるしさがたまらない。「チョトマテクダサイ! 」は小悪魔感もあって、お預けされちゃう竹内君がうらやましくなってしまった。笑 良い意味でクラスにいてほしい「アイドル感」があって目で追ってしまった。
メイミは感情の振り幅もダンスの振りも大きくてダイナミック。落ち込みも地の底なら幸せは大気圏を突破するみたい。誰よりも女優という「未来」を見ているからこそ、「今」をすごく大切に抱きしめてる感じが好きだったし、そんな彼女を通してメンバーもまた今や未来を考えているような構図も良かった。

あと全員の男装、とても格好良くて可愛かったなあ!メンバーは6人で偶数だけど「ニコイチ」で展開しないところが個人的に好きな部分でした。それぞれにそれぞの関係性があるんだろうなあって、思いをはせられる。

「アリス」がモチーフになっているところも、少女の夢と相まって良かったな。最後で伏線改修されてアリス衣装になるところも最高。しかもアリスの「コスプレ」じゃなくて大げさなほどに「アイドル」の衣装、舞台に立つための戦闘服なんですよね。じっくり見てイラスト描きたい…。

noteに下書きだけたまっていってキリが無いのでひとまずまずはここまで!また見返したら追記します!

ヘッダー写真提供:ぱくたそ

*memo*(公式サイト
和田彩花/福田花音/中西香菜/竹内朱莉/勝田里奈/田村芽実スマイレージ
田口夏実/野村みな美/斎藤夏奈ハロプロ研修生
富澤衿香/杉本涼葉/石井杏奈(演劇女子部オーディション合格者)
2014年公演
脚本/演出:末満健一
音楽監督:和田俊輔
振付:YOSHIKO
プロデューサー:丹羽多聞アンドリウ(BS-TBS)
主催・企画・制作:BS-TBS/オデッセー

演劇女子部さんの舞台のここが好きだなあって話

配信での観劇は、地方住まい&不定休職でも観られるので本当にありがたい…一方で、案外「気力・時間・タイミング」の都合をつけるのが思いの外難しく、見逃してしまう配信がたくさんある。

その中で、たった1・2週間で7作(各約2時間)も観てしまった、演劇女子部(さん)の舞台について、ちょっと書き残しておきたい。

演劇女子部の舞台に出演するのは、ハロプロ所属の女性タレントさん。彼女たちはいわゆる「アイドル」。「モーニング娘。」といったグループの名前は私も一応知ってはいるけれど、歌といえば「LOVEマシーン」が真っ先に思いつく(そしてそこで知識が止まっている)有様。
アイドルである彼女たちのことを(未だにほぼ)何も知らない。なのに舞台を観たら、転げ落ちてしまった。ごろごろごろ。

演劇女子部演劇女子部とは、ハロー!プロジェクト所属のタレントが出演する舞台作品シリーズ。gekijyo.net

私には、舞台や演技の善し悪しはわからない。彼女たちの芝居は、本職の役者さん達の舞台をいくつも観ている人にとっては、拙く感じる部分があるのかも知れない(し、特に初期作は私でもそう感じる時がある)。

でも、私は彼女たちの舞台に心を揺さぶられる。

それは、アイドルでもあり、ひいては若い女性である役者の「今/一瞬」と、未熟さ・未完成さを的確に捉えた上での(がゆえに残酷ですらある)演目のチョイスが余りに魅力的だから――というのと、なにより、なによりね、そんな残酷な「舞台の作り手/観客」の思惑すら飲み込んで、踏み越えて舞台に立つ彼女たち一人一人を、とても眩しく、気高く感じるから

特に末満健一さんが脚本を担当された「ステーシーズ(は正確には劇女ではないけれど)」「LILIUM」は、10代の「若さ」や「愛らしさ」を永遠に求められるような少女達の役(←すごく雑な表現で申し訳ないのだけれど)を、「アイドル」である少女たちが演じる。ストリーの筋書きもなかなかにえぐい
キャストさんたちが、自分たちにそんな演目をあてがわれる意味や、役を通しておのれに向けられる観客の視線を考えないはずがない。でも全身全霊の芝居や歌唱で観客に自由に「解釈させてくれてる」のほんとうに、すごいと思うんです。
一方で、えぐいといいつつ末満さんの脚本には演者である彼女たち(の性別や年齢や技量)に対する「侮り」や「モノ化」が限りなくないように感じられて、「貴女たちしか演じられない」と作品を信頼して預けているようにも思える。そしてそれに演者が全力で応えている感じ(あくまでも私の所感ですが)がとても好きです。もちろん末満脚本以外の作品も好きです。そう。劇女さんの舞台には「安心感」がある(それはハロプロそのもののあり方でもあるのかも、知れない。憶測ですが)。

「ステーシーズ」の感想でも触れたのですが、「舞台」というコンテンツを私が愛してしまう(歴は浅いけど)のは、役者さんが生きている人間で、一つの舞台が幕を引いた後も、役者さんの人生が続いていくところ。
舞台で演じた役を抱いて、同時に少女やアイドルだった自分のひとかけら/一瞬を舞台置いて、未来に進んでいく。彼女たちのきらめきは、若いからでも女だからでもなくて、本当に命の輝きそのものだってことを、これからもずっと、それぞれの人生で証明していくのだろうな。すごく希望に満ちていて、救われてしまう。

と思うと、もうとにかく、観たい、目に焼き付けておきたい、という気持ちになるのでした。もう何回言ってるかわからないですがU-NEXT(無料トライアルで1カ月見放題)で何作品か配信してます!!ぜひ!!

8/24 追記
約1カ月で怒涛の勢いで演劇女子部(+ゲキハロ)の作品を観賞するなかで改めて実感したのは、「演目」がキャストにも観客にも甘えてないところ。
もちろん客層を広げるための戦略でもあるのだろうけれど、アイドルを推す若者世代が知らなそうな昭和の少女漫画を原作に持ってきたり、演者である10代の彼女たちが知らないであろう時代を舞台にしたり(そして上記の通り、時に脚本が演者・観客にとって残酷に写るときすらある)。
「アイドル」が立つ舞台というコンテンツの性質的に、究極「キャスト(推しが)が魅力的であればそれでいい」ってファンはいてもおかしくないし、作り手にもそういう「甘え」があっても「まあ仕方ないか」と思ってしまうけれど、毎回演目も脚本も演者も本気で「これが舞台だァ!」って殴ってくる。そういう熱量がすごくすごく、好きだなあと思います。

*memo*
観た順(リンクは感想note)
LILIUM(2014)
続11人いる!(2016.10)
ファラオの墓蛇王(2018)
ステーシーズ(2012)
ごがくゆう(2013)
・LILIUM二輪咲き(2015)
スマイルファンタジー(2014)
アタックNO1(2018)
TRIANGLE(2015)
サンクユーベリーベリー(2015)
ネガポジポジ(2016)

これから観る/観たい
ファラオの墓初演(2017)円盤購入
・我らジャンヌ
三億円少女

【観劇記録】ステーシーズ 少女再殺歌劇

珍しく3連休だったので引きこもって観劇三昧していたわけですが、最終日の夕方に「もう一作観よう」と思い立って「ステーシーズ」を選びました。
例のごとくU-NEXTで配信中。今回は男性も出演していて、女性の役は「モーニング娘。」メンバーが熱演(なお「演劇女子部」の名前を冠する前の作品)。怒涛の勢いで観た4作の中で一番古い作品(2012年)です。
結論から言うと休日の終わりに観るものではないです(褒め言葉です)。

あらすじ
突然命を落とした少女たちがゾンビ化する"ステーシー化現象"が蔓延する近未来が舞台。ゾンビ化した少女たちに2度目の死を与える"再殺"を行うべく、せん滅部隊が結成されるが、拡大するゾンビ化を収束させることが出来ない。愛するものを"再殺"しなければならない人々の苦悩の行き先は…

今回の感想というかメモ書きは非・ネタバレ、ネタバレを分けられない気がします。視聴済みでの閲覧推奨。なお原作である大槻ケンヂさんのホラー小説は未読です。

14歳から16歳の少女が、急死・変死をしてゾンビになる。ゾンビ(ステーシー)と化した彼女たちは正気を失い人間を襲うため、チェーンソーなどの武器で活動不能になる165分割以上の細切れにしなければならない。…っていう設定を「そういう世界だから」と割り切って、あくまでの舞台上のものとして観られればよかったんですけど…私は無理でした。

作中の挿入歌で、そういう世界の構図は「神様の気まぐれ」なのだとゾンビになった少女たちが歌う。じゃあその「神様」って何者なの、って考えると、それは少女たちに「少女のままでいてほしい」「美しいままでいてほしい」「笑っていてほしい(一度死ぬ前、少女たちはよく笑うようになる)」と願う存在ーーつまるところ私(観客)なんじゃないか、と考えてしまって。

最初は単純に、「少女と男性」としての構図を脳裏に描いていたんですけど、そうじゃない、私も彼女たちを鋳型にあてはめて無理やり止めようとして、消費してるんだ(私は正直、若い女性たちが演じる彼女たちの舞台のきらめきに胸をときめかせながらも、彼女たちと舞台をコンテンツとして楽しんでいることに、どこか罪悪感があった)、って思ったらなんかもうずっと胃が重かったです。で、一度「少女」として死んだ(殺されたとも言えると思う)彼女たちは、ゾンビとなることで「少女を辞める」。加えて、一度死んでもゾンビとして「再生」するのは「愛する人と再び会いたかったから」とも歌う。「傷つけたかった(覚えていて欲しかった)」とも。渋さんと一緒にごめんなって謝って地に伏したいのは私だよ。

乱発してる「彼女たち」って表現も、ステーシーになってしまった少女(役)とキャストさん(役者)をうまく頭で分けられてない証左なのだと思います。LILIUMの時も「この舞台・演目をアイドルであり若い女性であり、作中の繭期(思春期)のただなかにある少女たちに演じさせるのか…」と閉口するとともに、舞台上の彼女たち(ああまたこの呼び方してしまった…)にひたすら息を飲み感服していたのですが、ステーシーズはLILIUMと似た構造をさらに生々しく突きつけられたというか、を「額縁に収められた地獄の絵画」とするなら、ステーシーズは「客席に容赦なく降ってくるハーブティーの香りをした生肉ミンチ」って感じでした。地獄。

一方。そんな「彼女たち」を演じきるキャストさんが本当に、すごいし、気高いと思う。演技はLILIUMを観た後だとかなり荒いというか拙くも感じるのですが、LILIUMより前にステーシーズという舞台を完成させているというのが、凄まじい。そして「舞台上の彼女たち」のかけらを抱きながら、今も舞台の上で輝き、現実世界で生きてゆく、生き続けていく「彼女たち」に、とてつもなく(勝手に)赦されて、救われてしまう。

舞台の好きなところって、キャストさんが生きている人間で、舞台が終わった後もその方の人生が続いていくところだなと思います。キャストさんのなかには一度幕引きされてしまった物語や、あるいは舞台の上で死んでしまった役たちがある/いる、そして全てが次の舞台に、続いていく人生の1ピースになっている。観客の身勝手な願望でしかないし、その願望すらキャストさんにとって重荷でしかないのかもしれないけれど、存在が希望というか。ありがとう、とひたすらに思う。

ということをめちゃくちゃ考えてしまう舞台でした。私にとっての舞台の展開/感想を指す「地獄」は、舞台上での悲劇の度合いに関係するものではなく、己自身の醜悪な姿が舞台によって暴かれることであるような気がします。なので観劇するのがリリウムの10倍くらい辛かったです。私は。

男性キャストさんの力強い歌声と女性キャストさんたちの高らかな歌声がぶつかり合うような挿入曲、良かったです。あとステーシーたちの衣装もそれぞれ個性がでていた。まだ自分の中で整理が付いていないですが、観られて良かったと思います。また最下部でつらつら語ります。

*memo*
田中れいな - 詠子 譜久村聖 - 利江香/静美
生田衣梨奈 - 玉代 鞘師里保 - モモ
鈴木香音 - 砂置子/領子 飯窪春菜 - ミキヨ/美伊
石田亜佑美 - 砂也子 佐藤優樹 -七緒
工藤遥 - ドリュー 河相我聞 - 渋川
山本匠馬 - 有田 白又敦 - 祐助
山浦徹 - 卒川隊長 赤星マサノリ - 小此木先生
真心 - 柳沢/詩人 菊池祐太 - 松井
郷志郎 - 雪住 キムユス - 小杉/倉庫番
椎名茸ノ介 - 録山
スタッフ
原作 - 大槻ケンヂ『ステーシーズ 少女再殺全談』(角川文庫)
脚本・演出 - 末満健一(ピースピット)
音楽 - 和田俊輔
プロデューサー - 丹羽多聞アンドリウBS-TBS)/佐々木淳子

つらつら語る初見ネタバレメモ
田中れいなさん「赤毛のアン」で主演予定だった方ですよね…気になってた舞台だったので中止になったことが本当に改めて悲しかった。ステーシーズで演じる詠子は、ギャルっぽい服装と言動のなかに鋭さや諦観も感じさせる部分があって、好きでした。目を細めた笑顔と、すっと表情が失せた時のお顔が印象的。あとお声が良い意味で少し癖があってよく通るなと。最後の渋さんとの殺し合い、息を飲みました。
・鞘師さん演じる「モモ」。リリウムでは洗練された美少女感がありましたが、モモは「生身の天使」って感じだったな…。生肉を砂糖でコーティングしてるというか(いやちょっとこれはあんまりピタッとくる例えではないな…)。彼女が「ステーシーにも意思がある」と示し、自分を殺すものたちに「苦しまないで」と語ることは、「赦し」などではなく、むしろさらなる糾弾に近いものを感じた。モモであり、モモではない。彼女はあの場にいた誰もが本当の名前すら知らない少女でもあったわけで。考えさせられる。
・工藤さん演じるドリュー、フリフリ衣装がお可愛い。工藤さんの演技/声は良い意味で「浮く」というのは前にも書きましたが、今回は「死にたくない」と逃げ出した「ステーシーらしくない」少女の役割としても、ぴったりはまっていたと思います。手足細くておれそうと勝手にハラハラしてしまった…。
・工藤さんの声で思い出したのですが、作中の少女たちの笑い声、めっちゃ頭に残りますね。箸が転げても笑う、鈴のような、でもキンと頭に刺さるような笑い声。彼女たちはニアデスハピネスゆえの多幸感から笑っているのか、それとも外を嘲笑っているのか。
・石田さんの砂也子も印象的だったな。ストレートヘアに肩出しのワンピースがなんとなくもっとも「アイドル」っぽくて目を引いた。少年とステーシーが「アダムとイヴ」になる。聖書どおり捉えるなら祐助と砂也子の逃避行は、楽園を出る行為とも言える。そして砂也子はもう「少 女」ではない…ということをぐるぐる考えていました。
(女性陣のことばっかりで男性陣のことを考えている余裕がない!!)